維新の志士たち

幕末維新の志士たちについて、紹介しているサイトです。幕末維新時代の英傑たちについて、色々と考察していきます。ごゆっくりとお楽しみください。

Author: ratosh@309

赤禰 武人

あかね たけと 1838-1866 享年29歳。 名称:文平、乾之丞、貞一、柴屋和平 □赤根は松下村塾以外の塾にも入塾して  おり、なかなか多くの勉学を得ている。   海防僧・月性(げっしょう)の塾に学び、  郷校・克己 […]

近衛 忠熙

このえ ただひろ 1808-1898 享年91際。 □左大臣・近衛基前の長男として生まれる。 近衛家27代当主となる。 左大臣、関白などを歴任した。 □島津斉彬と結んで、公武合体を目指した。 □その後、倒幕派が宮中の大勢 […]

庄内藩

しょうないはん 出羽国 別称:鶴岡藩 改称:大泉藩 藩主:酒井 忠宝 さかい ただみち 譜代 12万石 山形県鶴岡市一帯 神田橋 佐幕 ■藩の歴史  江戸時代初期、山形県の大部分を領有していたのは最上家であったが、改易後 […]

佐賀藩

佐賀藩 さがはん≪場所≫ 佐賀市  幕末期、佐賀藩でも財政難に苦しんでいたが、弱冠17歳の若さで10代藩主となった鍋島直正は、自ら率先して藩の財政再建に取り組んだ。 質素倹約を奨励し、400人の人員整理を断行し、藩の出費 […]

【動画】五稜郭(北海道函館市)

北海道函館市にある五稜郭について、簡単な説明の動画です。 戊辰戦争の最後を飾る激しい戦場後となった五稜郭。 いまは、平和な観光名所として、連日多くの観光客で賑わっている。 新選組の土方歳三終焉の地でもある。 【公式】五稜 […]

【動画】鶴ヶ城(福島県会津若松市)

福島県会津若松市の鶴ヶ城の簡単な紹介動画です。 幕末・明治維新にあって、戊辰戦争にて、最大の激戦となった鶴ヶ城攻防戦。 藩主・松平容保は、徹底抗戦を唱え、旧幕府軍の最期の意地を見せ死闘を繰り広げた。 数千発に及ぶ、砲弾を […]

参考文献

当サイトで使用した参考文献のリストです。 『歴史読本』編集部『江戸三百藩藩主列伝』(新人物往来社,2012年4月23日) 山本博文[監修]『江戸時代265年ニュース事典』(柏書房,2012年9月25日) 人文社編集部[編 […]

土佐藩

とさはん 1600年(慶長5年)、土佐に入部した山内一豊(やまのうちかずとよ)によって、土佐藩は始まる。幕末期に起きた天保の大飢饉によって、甚大な被害をこうむった土佐藩では、天保の改革を断行して、藩の財政窮乏の危機を脱し […]

長州藩

ちょうしゅうはん 長州藩の藩祖は、毛利輝元である。毛利輝元は天下分け目の決戦である関ヶ原の戦いで西軍の総大将を務め、東軍の総大将を務めた徳川家康と敵対した。 しかし、戦う事無く戦局は東軍へ完全に傾き、戦後は領国安堵を許さ […]

薩摩藩

さつまはん  西南雄藩の筆頭を行く薩摩藩ではあったが、幕末時代には同様に藩の財政難に直面し、その打開策が模索されていた。薩摩藩の財政窮乏を救ったのは、薩摩藩士・調所広郷(ずしょひろさと)であった。調所はまず、膨大に膨らん […]

赤根 武人

あかね たけと 1838-1866 享年29歳。 名称:文平、乾之丞、貞一、柴屋和平 □赤根は松下村塾以外の塾にも入塾して  おり、なかなか多くの勉学を得ている。   海防僧・月性(げっしょう)の塾に学び、  郷校・克己 […]

川路 利良

かわじ としよし 1834-1879 享年46歳。 名称:正之進、号は竜泉身分:薩摩藩士 □禁門の変の時に西郷隆盛より、逸材の  才能を見出され、薩摩藩の藩政組織の  一員に組み込まれる。 □戊辰戦争では、足軽組織を編成 […]

有馬 新七

ありま しんしち 1825-1862 享年39歳。 □通称:正義、号:武麿、植鈴子。 □薩摩藩士。  文武両道にひいで、薩摩藩屈指の  雄才藩士とうたわれた。  新影流剣法を修得し、江戸で朱子学を  学んだ。  性格は、 […]

大田黒 伴雄

おおたぐろ ともお 1835-1876 享年42歳。 名称:大野鉄兵衛、鉄平、安国身分:神官で神風連の首領を務める。 □江戸に遊学し、朱子学、陽明学を学ぶ。  帰藩後、林桜園から国学、神道を学び、  尊王攘夷の思想を深め […]

河上 彦斎

かわかみ げんさい 1834-1871 享年38歳。 熊本藩士。のち高田源兵衛(たかだげんべえ)と改名。 □幕末に吹き荒れた天誅テロ行為”人斬り”  の実行犯の一人。  単なる荒くれ者ではなく、列記とした憂  国者であっ […]

元田 永孚

もとだ ながざね 1818-1891 享年74歳。 熊本藩士にして、漢学者。 □通称:大吉、伝之丞、八右衛門、雅号:東野、字:子中、号:東 皐、樵翁 □熊本藩士・元田三左衛門(700石取り)の子として生まれる。 母は津川 […]

宮部 鼎蔵

みやべ ていぞう 1820-1864 享年45歳。 名称:諱は増実、号は田城。 □1850年(嘉永3年)、長州藩の吉田松陰  が九州遊歴中に出会ったのが宮部で  あった。  それ以来、吉田と知人となった宮部は、  松陰の […]

横井 小楠

よこい しょうなん 1809-1869 享年61歳。 熊本藩士。名は時存。号は沼山。通称、平四郎。 □熊本藩士・横井時直の次男として生ま  れる。  小楠29歳の時、藩校・時習館の塾長と  なる。 □1839年(天保10 […]

長岡 監物

ながおか けんもつ 1813-1859 享年47歳。 身分:熊本藩家老。 □通称:是容(これかた)、米田与七郎、源三郎、壱岐 □1813年文化10年、熊本藩家老・米田是睦の長男として生まれる。 □弱冠20歳にして、家老の […]

細川 斉護

ほそかわ なりもり 1804-1860 享年57歳。 身分:熊本藩主。 □通称:与松、立政(たつまさ) □宇土藩主・細川立之の長男として生まれる。 母は土井利厚の娘。 正室に広島藩主・浅野斉賢の娘を迎える。 子には、長男 […]

橋本 左内

はしもと さない 1834-1859 享年26歳。 福井藩士。名は弘道。号は景嶽。 □15歳で緒方洪庵の適々斎塾に入門し  医学・洋学を学ぶ。  師・洪庵に”池中の亢龍(こうりょう)”  と言わしめた秀才であった。  洪 […]

松平 直廉

まつだいら なおきよ □通称: 鑜之助、茂昭(もちあき) 身分:福井藩重臣→福井藩主。 □福井藩主・松平慶永が将軍継嗣問題に  て、井伊大老を批判したため、幕府より  隠居を命じられる。  この時、次期福井藩主となったの […]

由利 公正

ゆり きみまさ 1829-1909 享年81歳。 名称:石五郎、三岡八郎、義由、雲軒身分:福井藩士 □由利は福井藩士・三岡義知(みつおか  よしとも)の長男として生まれる。  幼少期より貧しい家計を助け、菜園  栽培、乗 […]

中根 雪江

なかね ゆきえ(せっこう) 1807-1877 享年71歳。 □通称:榮太郎、靱負(ゆきえ)、松蔭漁翁 身分:福井藩家老 □福井藩士・中根孫右衛門(衆諧)(700石取り)の長男として、越前国福井の城下にて生まれる。 □1 […]

松平 春嶽

まつだいら しゅんがく 1828-1890 享年63歳。 名称;慶永(よしなが)身分:田安家出身、福井藩主 □徳川御三卿の一つ、田安家に生まれる。  慶永11歳の時、福井藩主・松平斉善の  跡目を継いで藩主となる。 □早 […]

沢 宣嘉

さわ のぶよし 1835-1873 享年39歳。 □姉小路公遂(あねこうじきんかつ)の次  男として生まれる。  幼い頃から非凡な才知を現し、和歌・剣  術・馬術に長けた。   17歳の時、公卿・船橋家の支流である  沢 […]

中山 忠光

なかやま ただみつ 1845-1864 享年20歳。 □大納言・中山忠能の第七子として誕生。  急進的な尊攘派公卿であった。  若くして”暴れ者”の異名を取り、土佐  勤王党の盟主・武市瑞山も彼の無鉄砲  振りには、困惑 […]

鷹司 政通

たかつかさ まさみち 1789-1868 享年80際。 □仁孝天皇、孝明天皇の関白を務めた。 □開国論に固執して幕府を支持した。 □和親条約の締結問題をめぐっては、  措置を是認した。 □その後、鎖国論に急転換し、将軍継 […]