維新の志士たち

幕末維新の志士たちについて、紹介しているサイトです。幕末維新時代の英傑たちについて、色々と考察していきます。ごゆっくりとお楽しみください。

投稿者: ratosh@309

長岡 謙吉

ながおか けんきち 1834-1872 享年39歳。 ■通称:今井純正、敦美、字:子行、号:懐山 □土佐藩士。  高知城下、浦戸町の医者・今井孝順の長男に  生まれ、江戸、大阪で  家業を継ぐべく医学を学んだ。  さらに […]

後藤 象二郎

ごとう しょうじろう 1838-1897 享年60歳。 土佐藩士。□土佐藩主・山内容堂の信任厚い吉田  東洋の甥。  藩主・容堂に重用され、土佐勤王党を  弾圧した。 □尊王攘夷派を潰した張本人と言われる。 □公議政体論 […]

岩崎 弥太郎

いわさき やたろう 1834-1885 享年52歳。 □土佐の地下浪人の家に生まれる。 □三菱財閥の創始者となる。 □土佐藩の経済官僚を経て、海運  業である □土佐開成商社を経営。のちの三菱  会社。 □大久保利通、大 […]

板垣 退助

いたがき たいすけ 1837-1919 享年83歳。 □土佐藩士。  土佐藩主・山内容堂の側用人を務める  など雄才振りを発揮し、吉田東洋と交  遊し、学識を磨いた。 □洋式兵学を学び、土佐藩屈指の軍学者  となる。 □ […]

小南 良和

こみなみ よしかず ■通称:五郎、五郎右衛門 1812-1882 享年71歳。 迅衝隊士 □土佐藩重臣。  土佐藩主・山内豊信に仕え、すぐれた  才能で実務をこなし、名臣と称された。 □安政の大獄で幽閉の憂き目を見るが、 […]

福岡 孝悌

ふくおか たかちか 1835-1919 享年85歳。 □土佐藩重臣。  吉田東洋に学び、土佐藩主・山内豊範  の側用人として活躍した。 □板垣退助とともに補佐役として勤王の  実をあげる。 □将軍・徳川慶喜には大政奉還を […]

武市 半平太

たけち はんぺいた 1829-1865 享年37歳。 号は、瑞山(ずいざん)。 □土佐藩重臣。  土佐郷士の出身。  江戸で桃井春蔵の道場に入り、鏡心  明智流(きょうしんめいちりゅう)を修得。  凄腕としてならした。 […]

吉田 東洋

よしだ とうよう 1816-1862 享年47歳。 土佐藩士。■通称:郁助、元吉、官兵衛、正秋、号:東洋。 □江戸で藤田東湖ら知識人と交遊する。 □藩主・山内容堂により仕置き役に起用  されるも剛腹が災いし、一時罷免と  […]

坂本 龍馬

さかもと りょうま 1835-1837 享年33歳。 土佐藩の郷士。変名は、才谷梅太郎。才谷の姓は、坂本家本家の商家・才谷屋という屋号から取ったという。才谷屋は”浅井金持ち、川崎地持ち、上の才谷道具持ち”と地元で歌われた […]

山内 豊範

やまうち とよのり 1846-1886 享年41歳。 □父・山内容堂が隠居したことで、家督を  継ぎ、土佐藩主となる。 □藩政にあたって、中正を実行し、時流の  変遷によく対応した。 □戊辰戦争に際して、藩兵を派遣して維 […]

山内 容堂

やまうち ようどう 土佐藩主。■通称:輝衛、豊信(とよしげ)、忍堂、鯨海酔侯。 ■官位:従四位下・土佐守、侍従、参与、従四位上 □20歳で藩主となるも、吉田東洋ら雄才の  志士たちを起用し、藩政改革を推進して  いった。 […]

鳥尾 小弥太

とりお こやた 1847-1905 享年59歳。 名称:中村一之助、百太郎、照光、    鳳輔、敬孝 □1858年(安政5年)、小弥太は砲術の大  家であった江川太郎左衛門を師事して、  砲術・兵学を学んだ。 □後に帰藩 […]

前原 一誠

まえばら いっせい 1834-1876 享年43歳。 名称:佐世八十郎、彦太郎、号は太虚洞、    行屍散人 □1857年(安政4年)10月、前原は松下  村塾に入る。  松陰は「勇あり、智あり、誠実人に過ぐ」  と前原 […]

山田 顕義

やまだ あきよし 1844-1892 享年49歳。 名称:市之允、号は狂痴、空斎、養浩斎、    不抜、韓峰山人 □長州藩士大組士の長男として誕生。  高杉晋作と同じく中級の藩士の出で  ある。顕義の祖父の兄、つまり大伯 […]

吉田 稔麿

よしだ としまろ 1841-1864 享年24歳。 名称:栄太郎、秀実、無窮、無逸、    松村小介、松里勇 □1841年12月、長州藩足軽・吉田清内の  長男として誕生。 □1853年、江戸に赴き、江戸藩邸に仕  える […]

入江 九一

いりえ くいち 1837-1864 享年28歳。 □萩藩足軽・入江嘉伝次の長男として誕生。 □1853年、吉田松陰の友人・中谷正亮と親交を 深める。 □1856年、父・嘉伝次が病死す。 □1857年、実弟・野村和作、16 […]

福原 越後

ふくはら えちご 1815-1864 享年50歳。 ■通称:徴之助、佐世主殿、号:翠崖 □長州藩家老。  徳山藩主の子だったが、長州藩の  家老の家を継いだ。 □禁門の変では、京都で長州兵を率い  て戦ったが、薩摩、会津 […]

木戸 孝允

きど たかよし 1833-1877 享年45歳。 長州藩士。通称、桂小五郎。号は松菊、木圭。 □1833年6月26日、長州萩藩の藩医・和田  昌景の長男として誕生。 □1890年、隣家の桂九郎兵衛が死去し、家  禄150 […]

品川 弥二郎

しながわ やじろう 1843-1900 享年58歳。 長州藩士。□松下村塾に入り、尊王攘夷、討幕運動  に参加。 □薩長同盟に尽力し、戊辰戦争では、東  北各地を転戦した。 □1870年、渡欧し、プロイセンの農政、協   […]

来島 又兵衛

きじま またべえ 1817-1864 享年58歳。 □長州藩士。  巨漢にして大力で知られ、剣術、馬術  と武芸に秀でた豪傑である。 □長州藩急進派の先頭に立ち、高杉晋作  が奇兵隊を組織すると、又兵衛はそれ  に応じて […]

世良 修蔵

せら しゅうぞう 1835-1868 享年34歳。 □周防国大島郡椋野(むくの)村の庄屋  の出。長州藩家老・浦靱負(うらゆきえ)  の家臣であった。 □世良は、奇兵隊の三代目総督となった  赤根武人(あかねたけと)と同 […]

広沢 真臣

ひろさわ さねおみ 1833-1871 享年39歳。 長州藩士。通称、兵助、金吾。号は障岳。 □藩の革新派として藩政改革に従事。  改革を推し進めつつ、尊攘運動に  も参加。 □守旧派の巻き返しで一時失脚する。 □186 […]

長井 雅楽

ながい うた 1819-1863 享年45歳。 長州藩士。名は時庸、隼人、右近。 □1861年、著書「航海遠略策」で積極開国  を基本とする公武合体を主張。藩是とし  て公武合体を目指して、周旋する。   長井は、長州藩 […]

伊藤 博文

いとう ひろぶみ 1841-1909 享年69歳。 名は、利助、俊輔。号は春畝。変名は、花山春輔(はなやましゅんすけ)。 □博文は周防国熊毛郡束荷村の農民・林  十蔵の子として生まれる。 □1854年、父・林十蔵が萩藩士 […]

井上 馨

いのうえ かおる 1835-1915 享年81歳。 長州藩士。名は、勇吉、友次郎、聞多。 □1835年、萩藩士・井上光亨(みつ  あき)の次男として誕生。 □1852年、井上は17歳で明倫館に  入り、勉学に励む。 □1 […]

椋梨 藤太

むくなし とうた □長州藩重臣。  長州藩校明倫館の興隆に尽力した。 □恭順派の派閥を組織し、革新派と激し  く対立した。  目まぐるしく藩政実権の争奪戦を行っ  た。 □倒幕への藩論が固まると失脚し、斬首  された。

周布 政之助

すふ まさのすけ □長州藩重臣。  村田清風の志を受け継ぎ、藩政改革を  実行した。 □吉田松陰、高杉晋作ら急進派はよく理  解し、後援した。  その為、藩内保守派と対立し、藩政主  導権をめぐって、激しい争奪戦を繰り  […]

国司 信濃

くにし しなの □長州藩重臣。  長州藩士の子として生まれるが、国司  氏の養子となり、長州藩重臣として  活躍した。 □禁門の変後、福原越後、益田右衛門介  らと共に、藩兵指揮の失態を問われ、  第一次長州征伐で幕府謝 […]

益田 右衛門介

ますだ うえもんのすけ □長州藩家老。  吉田松陰に兵学を学ぶ。 □攘夷親征を建議し、朝廷から勅命を得  るが8.18の政変で朝議が一変。  打開策を見出せず、三条実美ら七卿と  ともに帰国することとなる。 □第一次長州 […]

大村 益次郎

おおむら ますじろう 1824-1869 享年46歳。 長州藩士。長州藩医の子。旧名は、村田蔵六、藤原永敏。 □1824年、益次郎は周防の鋳銭司村(  すぜんじむら)で生まれた。  長州藩出身とは成っているが実際は  、 […]