維新の志士たち

幕末維新の志士たちについて、紹介しているサイトです。幕末維新時代の英傑たちについて、色々と考察していきます。ごゆっくりとお楽しみください。

投稿者: ratosh@309

中根 雪江

なかね ゆきえ(せっこう) 1807-1877 享年71歳。 □通称:榮太郎、靱負(ゆきえ)、松蔭漁翁 身分:福井藩家老 □福井藩士・中根孫右衛門(衆諧)(700石取り)の長男として、越前国福井の城下にて生まれる。 □1 […]

松平 春嶽

まつだいら しゅんがく 1828-1890 享年63歳。 名称;慶永(よしなが)身分:田安家出身、福井藩主 □徳川御三卿の一つ、田安家に生まれる。  慶永11歳の時、福井藩主・松平斉善の  跡目を継いで藩主となる。 □早 […]

沢 宣嘉

さわ のぶよし 1835-1873 享年39歳。 □姉小路公遂(あねこうじきんかつ)の次  男として生まれる。  幼い頃から非凡な才知を現し、和歌・剣  術・馬術に長けた。   17歳の時、公卿・船橋家の支流である  沢 […]

中山 忠光

なかやま ただみつ 1845-1864 享年20歳。 □大納言・中山忠能の第七子として誕生。  急進的な尊攘派公卿であった。  若くして”暴れ者”の異名を取り、土佐  勤王党の盟主・武市瑞山も彼の無鉄砲  振りには、困惑 […]

鷹司 政通

たかつかさ まさみち 1789-1868 享年80際。 □仁孝天皇、孝明天皇の関白を務めた。 □開国論に固執して幕府を支持した。 □和親条約の締結問題をめぐっては、  措置を是認した。 □その後、鎖国論に急転換し、将軍継 […]

三条 実愛

さんじょう さねなる 1820-1909 享年90歳。 □通称:維新後、改名して嵯峨実愛。 □1858年安政5年、幕府が朝廷に対して、通商条約締結の勅許を求めた際、 廷臣八十八卿の一人に列して、反対論を唱えた。これにより […]

西園寺 公望

さいおんじ きんもち 1849-1940 享年92歳。 □鳥羽伏見の戦いで、岩倉具視にその  才覚を認められ、戊辰戦争で大任を  果たす。   鳥羽・伏見の戦いの際、外様と幕府同士の私戦として扱い、朝廷は関与せずを決め込 […]

九条 尚忠

くじょう ひさただ 1798-1871 享年74歳。 □孝明天皇の信任篤く、朝廷の中枢に  あった。 □強硬な攘夷論者として行動したが、  攘夷勅許問題、和宮降嫁で幕府寄  りの姿勢をとるようになった。 □雄藩連合を目指 […]

大原 重徳

おおはら しげとみ 1801-1879 享年79歳。 公卿。大原重成の子。 □1858年、日米修好通商条約の勅許に  反対し、安政の大獄に連座。 □一貫して尊王攘夷を唱えた。 □王政復古で参与に就任した。 □その後も、議 […]

姉小路 公知

あねがこうじ きんとも 1840-1863 享年24歳。 □1840年天保10年、公卿・姉小路公前の子として生まれる。 □三条実美と並ぶ急進尊王攘夷派の  公卿。 □長州、土佐の志士たちの力を背景に朝廷  内で権勢を振る […]

中川宮 朝彦親王

なかがわのみや あさひこしんのう 1824-1891 享年67歳。 □通称:久邇宮(くにのみや) □1836年天保7年、仁孝天皇の猶子となり、 翌年、親王宣下、成憲(なりのり)の名を下賜される。 □安政の条約勅許問題、将 […]

三条 実美

さんじょう さねとみ 1838-1891 享年55歳。 三条実万(さんじょうさねつむ)の子。尊王攘夷派の公卿。 □14代将軍・徳川家茂に攘夷督促の朝命  を伝える使者を務めるなあど尊王攘夷  派公卿の急先鋒として活躍。 […]

岩倉 具視

いわくら ともみ 1825-1883 享年58歳。 公卿。□妹・堀河紀子(ほりかわもとこ)が孝明  天皇に仕え、寵愛を受けていたので  、朝廷での発言力を持った。 □1854年、孝明天皇の侍従となる。 □1858年、日米 […]

明治天皇

めいじてんのう 1852-1912 享年61 □通称:睦仁(むつひと)、祐宮(さちのみや)、永(えい) □父・孝明天皇が崩御し、第122代皇位を継承した。 □五箇条の御誓文で、公議尊重、開  国進取の国是を定めた。 □戊 […]

孝明天皇

こうめいてんのう 1831-1866 享年36歳。 第121代天皇。仁孝天皇(にんこうてんのう)の第四皇子。 □20年間皇位にあった。  外国人嫌いで幕府が外国と条約  を結ぶと腹を立て、天皇をやめた  いと言い出したが […]

伊東 甲子太郎

いとう かしたろう(きねたろう) 1835-1867 享年33歳。 □通称:大蔵、武明(たけあき)、号:誠斎、変名:宇田兵衛□1835年、常陸志築(しづく)藩士・鈴木  忠明の長男として誕生。 □志築藩は、8100石の代 […]

山南 敬助

やまなみ けいすけ 1833-1865 享年33歳。 通称、”サンナン”。名は、知信。晩年:三南三郎 □1833年、奥州仙台藩出身。  仙台藩の上級武士・本多弥門の用人  下級武士と伝えられる。 □北辰一刀流の名手とされ […]

永倉 新八

ながくら しんぱち 1839-1915 享年77歳。 □通称:本姓は長倉、栄吉(幼名)、栄治、 載之(のりゆき)、杉村義衛(すぎむら よしえ)※明治期に改名。 □松前藩江戸定府取次役(150石)・長倉勘次の次男として、 […]

芹沢 鴨

せりざわ かも 1830-1863 享年34歳。 □1830年、水戸郷士の三男として生ま  れる。 □1862年、秋ごろ、鴨は自分が人を斬っ  たことを契機として、新見錦、平山五郎  、野口健司らと共に江戸に出る。 □1 […]

沖田 総司

おきた そうし(そうじ) 1843-1868 享年26歳。 江戸生まれ。名は、房良。 □父は、沖田林太郎。  総司は、阿部豊後守の江戸下屋敷で生  まれる。  奥州白河藩の脱藩士とされる。 □九歳の時、天然理心流・近藤周 […]

土方 歳三

ひじかた としぞう 1835-1869 享年35歳。 □1835年、武州多摩郡桑田村石田に  生まれる。  父は土方隼人義諄、母は恵津。  歳三は六人兄弟の末っ子で、兄を  為二郎、喜六、大作、姉を周、のぶ  といった。 […]

近藤 勇

こんどう いさみ 1834-1868 享年35歳。 名は宮川勝太(みやがわかつた)。後、勝五郎、島崎勝太、島崎勇、大久保剛、大和と数度ほど名を変え、大和の名で斬首されている。 □宮川家の三男・勝太として生まれる。  父が […]

副島 種臣

そえじま たねおみ 1828-1905 享年78歳。 □通称:次郎、竜種(たつたね)、蒼海(そうかい)、一々学人(いちいちがくじん) 佐賀藩士。国学者・枝吉南濠の子。 □尊攘運動に身を投じ、兄の神陽とともに  藩政改革の […]

大隈 重信

おおくま しげのぶ 1838-1922 享年85歳。 □佐賀藩士。  外務大臣と総理大臣を務めた明治政府  を代表する政治家。   外務大臣を務めながら”一度も外遊して  いない外政家”であった。 □佐賀藩校・弘道館に学 […]

江藤 新平

えとう しんぺい 1834-1874 享年41歳。 佐賀藩士。号は南白。 □幼少の頃は、家が貧しかったため、  苦学しながら、大志を抱いていた。  学校が遠かったため、毎日、10kmも  往復して熱心に勉学に励んだという […]

鍋島 直大

なべしま なおひろ 1846-1921 享年76歳。 □通称:淳一郎、直縄(なおただ)、茂実(もちざね)、肥前守 □激動の幕末にあって、佐賀藩主となる。  肥沃な土地による豊かな農作物と有明  海産物、陶器などの名産など […]

大木 喬任

おおき たかとう 1832-1899 享年68歳。 □通称:幡六、民平 □佐賀藩重臣。   佐賀藩士・大木知喬の長男として生まれる。   佐賀藩校・弘道館に学び、1850年嘉永3年、副島種臣らと共に義祭同盟   結成に参 […]

鍋島 閑叟

なべしま かんそう 1815-1871 享年57歳 □通称:貞丸、斉正、直正 □1830年(天保元年)、鍋島閑叟は佐賀  藩主の座に就く。  当時のご時世よろしく、佐賀藩も諸藩  同様に財政難であった。  閑叟が江戸から […]

梶原 平馬

かじわら へいま 1842-1889 享年48歳。 名は、悌彦(ちかひこ)、景武(かげたけ)。 □会津藩家老格・内藤信順(ないとうの  ぶのり)の子として生まれる。  内藤家は代々、会津藩で家老格の家格  であった。   […]

秋月 悌次郎

あきづき ていじろう 1824-1901 享年78歳。 名は、胤永(かずひさ)。字は、子錫(ししゃく)。号は、韋軒(いけん)。 □1824年、会津藩士・丸山胤道(まるや  まかずみち)の次男として会津若松城下  で誕生。 […]